Euromit7参加記
Euromit7参加記 2008年6月11〜14日
この学会は、3-4年に1回ヨーロッパで開催されるミトコンドリアの病態に関する学会である。今回はスェーデンのストックホルムで2008年6月11〜14日の間行われた。笠原さんが、Karolinska Instituteの精神科医で、(おそらく我々以上に)熱烈に気分障害のミトコンドリア説を信奉している、カロリンスカのDr. Ann Gardnerから本学会のことを知らされて、本学会のことを知った。迷ったあげく、あまりにも我々の研究内容に一致した内容と、4年に1回しかないことを考えて、参加することにした。
当初、初日にはあまりプログラムがなかったことと、ヘルシンキ経由の飛行機(Finnnair)が毎日運航していない関係もあり、初日は参加しなかったのだが、演題数が予想外に多かったためか、初日にもかなりのトークが割り振られていた。
12日は、ミトコンドリア病のセッションが2つあった。Dr. Turnbullは、pronuclear transplantationによるミトコンドリア病の遺伝子治療について話し、法的問題が議論されている最中であることを紹介した。また、酸素負荷運動療法についても紹介していた。眼瞼下垂の患者さんが良くなったというスライドを示し、まずは治せる病気を治すことだ、と強調していたが、具体的な治療法ははっきり述べていなかった。英国には3つのミトコンドリア病のセンターがあり、その一つがNewcastleだという。
次のDr. MassaはCOX6B1という遺伝子の異常による新生児のミトコンドリア病の話であった。質疑応答で、testis特異的なCOXB2を発現させて治すという方法はないか、と2人が質問していたのが印象的で、かなりマニアックな会議であるとの印象をもった。
次のDr. Sacconiは、mtDNAのヘテロプラスミ−変異で、トリプトファンtRNAのアンチコドンループが終始コドンになってしまう変異の病気を報告し、これがmtDNA変異には珍しくdominant negative的に働くことを報告した。
次のDr. James Stewartは、POLG変異ノックインマウスを用いて、変異mtDNAがどのように子孫に受け継がれていくかを観察し、重篤なミスセンス変異は除去されていき、ヒトに見られる変異と同じように変化していくことを報告した(Stewart JB, et al, PLoS Biol. 2008 Jan;6(1):e10)。
次に、ゲーテブルク大学病理学のDr. Oldforsが、CPEO+パーキンソン病を呈したPOLG変異患者の死後脳について報告した。脳内の広い部位でCOX陰性ニューロンが見られること、黒質の変性が見られ、黒質でもCOX陰性神経細胞が多く見られ、こうした細胞でmtDNA欠失が蓄積していること、しかしLewy体は見られない点が通常のパーキンソン病と異なることを報告した。黒質のCOX陰性神経細胞や欠失蓄積はPOLG変異のない健常者やパーキンソン病患者でも見られることから、POLG変異との関係は不明ではないか、と質問しようと思っていたら、自分から同じようなことを説明していた。
その後、ISCUおよびsuccinate-CoA ligase変異による重篤な新生児ミトコンドリア病の話があった。また、Dr. Majamaaによるmore than MELASという話があった。それほど新しい情報はなかったが、MELAS患者で最も多い症状は聴覚障害(67%)で、病名になっているstroke-like episodeは9%程度と少ないとのことであった。
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次のセッションは、mtDNA maintenance and replicationというものであった。現在、POLG, Twinkle(mtDNAヘリカーゼ)の他に、mtDNAの維持・複製への関与が示唆される遺伝子としては、TFAM、mtSSB、mtRNA pol, TFB2M, TFB1M, TopoImito, mTERF, SHMTなど多数知られており、これに加え、DHX30がもう一つのヘリカーゼとして働くという。
MtDNAの複製メカニズムとして、
1. strand-displacement mode(古くからの説)
2. strand coupled mode
3. RITOLS (RNA incorporation throughout the lagging strand) mode(最新の説)
の3つが提唱されていて、これらのいずれが正しいのかが議論になっており、今回の学会の大きなテーマであった。未だ結論が得られたとは言えないが、第3の説が有力である。
昼食時、米国人に聞いたところでは、ミトコンドリア病研究がヨーロッパで特に盛んで、アメリカの研究が比較的少ないのは、アメリカではミトコンドリア病にあまりグラントが配分されないためらしい。社会負担の大きな病気に資金を投入する、というアメリカ式の研究費配分法では、患者数の少ないミトコンドリア病にはあまり研究費がでないのだろう。
1日目のポスターでは、当チームから笠原、窪田、福家の3人の発表があった。特にBrdUを使ってmtDNA複製を調べた福家さんのポスターは大人気だった。同じようなことを試したがうまくいかなかった、どうやるのか、と何度も聞かれたとのこと。この学会のようなfocusした研究コミュニティー内でも、かなりオリジナルな研究と言って良さそうだ。
他の演題では、ミトコンドリア病患者におけるPOLG変異の検索(#89)では、200名をフルシーケンスした研究があった。56名に変異が見られ、うち24%がA467Tで、次に多いのがW748S。これらの変異はほとんどの場合、recessiveで、両アリルに何らかの変異がある。Autosomal dominant CPEOと呼ばれている病気をmolecular levelで調べていくと実はrecessiveというのは何だかよくわからない話ではある。
その他、complex I subunitの脳内発現分布にはサブユニット毎に特徴があることが報告されていた(#313)。また、Wolfram病患者31名でWFS1のシーケンスをした研究(#225)があった。不安、攻撃性、摂食障害を呈したT827Iのheteroの症例、精神症状を伴ったW837S/R818Cのケース、不安などを伴ったV115delのhomozygoteの症例などが報告されていた。また、WFS2が発見されたので、今後こちらも重要だろうとのことであった。
最後のセッションでは、まずAnu Suomalainen Wartiovaara教授が話した。Nature Genetics、Lancet、Scienceなど、すごい業績なので、高齢の方だろうと思っていたのだが、自分より年下で驚いた。私が最初に読んだ論文(1992)は、大学院生時代のもののようでああった。発表では、TwinkleのTgマウスにおける表現型の原因を調べるためマイクロアレイを行ったところ、筋のみで上昇しているFGF21に注目。これは飢餓状態に際して誘導され、筋から放出される因子であり、欠失蓄積により細胞内飢餓と誤認されこれが放出されるのではとのこと。次に笠原さんが我々のマウスについて発表したが、精神疾患という新たな領域の研究ということで、関心をひいたことと思う。
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2日目午前中はsuper complexに関するセッションで、complex I-Vが更に結合したsuper complexが観察されることについてであった。カルジオリピンやAAC2(ANT1の酵母ホモログ)がsuper complexに関与しているという話もあった。また、complex IについてのDr. Smertinkの話では、complex I活性が失われる病気の半数では原因がつかめず、complex Iのアセンブリに必要な因子の異常であることが考えられるという。Complex Iのアセンブリに必要な分子として、CIA84、CIA30、B17.2L、NDUFAF1、Ecsit、C6orf66などがあるという。
2日目は、午前中のセッションに出たあと、事前に須原先生から、留学中の高野先生に連絡を取っていただき、須原先生の留学先であったKarolinska InstituteのFarde教授を訪問した。
Karolinska Instituteは、名前は研究所のようであるが、医大のようなもので、1000名近い医学生・歯学生がおり、大学院生もいる。その歴史は19世紀末にさかのぼり、兵士のための王立の医療施設を起源としている。臨床神経科学の部門だけでも400名の教育・研究スタッフがおり、これに看護などのスタッフ約1000名が加わるという大所帯である。
今回訪問したPET(positron emission tomography)のセクションは、Psychiatryセクションの中にあり、ここだけでも40名のスタッフがいる。常に1人は日本人が留学していて、現在は、北大精神科の高野晶寛先生が留学中である。Farde教授は今までに8回日本に来たことがあり、富士山にも登ったそうだ。昨日、本日と、大学院発表会の真っ最中でごたごたしているとのことであったが、セミナーをしてスタッフの人たちとdiscussionした。
カロリンスカから学会場に戻り、午後のセッションでは、筑波大の林純一教授による、mtDNAのC13997A変異は、complex I活性を障害し、ROX産生を増加させ、MCL-1を増やすことを介して、がんの転移性を高めることに関与する、ということを詳細な実験を通して論証した話などがあった。がんとmtDNAの関係は林教授のライフワークであり、negativeな結果が続いた後、ついに関係を明らかにした訳である。
その後、bottleneck仮説について、日本のDr. ShitaraとNewcastleのDr. Chinneyから、それぞれ支持する、しない、という相反するデーターが出され、議論された。
筆者は双極I型障害患者でPOLG変異が多いというポスターを出した。筆者の発表に対しては、これらの変異がヘテロなのか、同じ人が二つ変異を持っていることはないかについての質問が多く、ミトコンドリア病は二つ変異がないと発症しないが、双極性障害は一つの変異がリスク因子になるのだろう、と説明するとまあ納得してもらえるような感じであった。また、Dr. Hovarthが、R964Cを彼女のてんかん患者サンプルでも見つけ、投稿中であり、これはやはり病的変異だと思う、と語っていた。Prof. Douglas Wallaceが通りかかったので、つかまえて説明した。
他のポスターでは、太田成男先生(#206)は、拘束ストレスによる無動時間の延長に、水素ガス含有水が有効であったこと、MCA閉塞モデルによる脳梗塞に、水素ガスが有効であったことなどを報告し、水素はROSをスカベンジすることで保護作用を持つこと、拘束ストレスによる行動変化にROSが関係していることを示唆した。水素ガス水は、飲水として使うので実験しやすいが、1日でガスがとんでしまうため、毎日取り替える必要があるとのことであった。
また、ミトコンドリア病の小児でうつ病の有無を調べ、5名の患者でうつ病があった、というポスターがあった。
その夜はミトコンドリアDNAの転写に関するセッションであった。
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最終日午前はreactive oxygen species(ROS)に関するセッションであった。
Dr. Rustinは、さまざまな酵素の欠損を持つ細胞を調べた結果、Complex IIおよびComplex V(ATPase)の変異でSODが増加していることを見いだした。ATPase変異によるNARP患者の線維芽細胞で詳しく調べたところ、細胞死が増加し、NRF2が核に集積していることがわかった。オリゴマイシンでも同様にNRF2の核移行を引き起こすことができた。なぜATPaseのみでこうした変化が起きるのか等の批判的な質問が多くでていた。
Dr. Jacobは、脊椎動物や節足動物は持たないが、その他の後生生物の多くが持っているAOX (alterative oxidase)に着目した。HEK293細胞にAOXを発現させると、KCNで阻害されない呼吸活性が現れる。アンチマイシンによるSOD活性上昇をAOXは抑制する。また、Cox10 shRNAによるO2活性低下をAOXはレスキューする。AOXを過剰発現させたショウジョウバエは、KCNやアンチマイシンでも生き残るようになる。また、DJ-1変異ハエ(パーキンソン病モデル)による運動障害がAOX過剰発現で改善する。こうしたことから、AOX過剰発現が遺伝子治療として使えるのではないか、という話であった。
Dr. Ristowは、デオキシグルコース(DOG)を投与すると線虫の寿命が延びることを報告した。グルコース代謝を阻害するDOGは、呼吸活性を上昇させ、ROSを増やす。N-アセチルシステインによりROSをスカベンジすると、DOGの効果は消えてしまう。このように、生物に対して通常有害な作用を示すものが、微量であれば逆に刺激作用を示す場合があり、こうした生理的刺激作用を「ホルミシスHormesis」ということから、この効果がMitohormesisと名付けられた。フロアから、そこまでして寿命を延ばして線虫は幸せなのか、などと質問がとんでいた。
Dr. Monsalveの話は、低酸素がPGC-1αを低下させるメカニズムに、NO→PI3K-AKT系が関与するという内容であった。
次のDr. Trifunovicの話は、D257A変異POLGノックインマウスの話であった。このマウスは、さまざまな老化関連表現型を示す。その原因を調べるため調べると、ROSには差がなく、点変異が増え、Complex IVが減っている。(mtDNAにコードされている蛋白質の抗体は今のところこれしかないためこれを測定した。他のcomplexがかわっていないかどうかは不明) ノザンでは大した差がないことから、蛋白の変異、アセンブリの異常、翻訳の異常などが考えられた。ヘテロは詳しく見ていないが、異常はなさそうだという。
次のセッションは、核酸代謝についてである。細胞質では核酸のde novo合成系とサルベージ系があるが、ミトコンドリアのDNA合成に必要な4つのdNTPはサルベージ系のみに頼っており、これが欠乏しても過剰になってもmtDNA欠乏を引き起こす。合成系としては、AK2とdeoxyguanosine kinaseがある。Cycling cellではTK2をノックダウンしても異常はでないが、静止期の細胞ではdTTPの異常が生じる。質問でなぜ静止期に異常がでるのか、という質問に対し、BrdUの取り込みを見た実験のことを引用し、常にmtDNAは代謝されているから、と語っていた。
次の発表では、p53R2というribonucleotide reductaseが、特に脳や筋でmtDNAに使われるdNTP合成に重要であることを示された。
次はHirano教授のグループからの発表で、MNGIEの原因遺伝子であるthymidine phosphorylaseとuridine phosphorylaseのダブルノックアウトマウスの話であった。このダブルKOマウスでは、dTTPのみが蓄積し、脳ではComplex IやComplex IVの低下などのミトコンドリア機能障害が見られる。kyphosis(胸椎後弯)という、POLGノックインと同じようなphenotypeがでる。MNGIE患者では白質脳症が見られるが、ダブルKOマウスの脳のMRIで、白質高信号が見えるとのことであった。
Karlssonらは、TK2(thymidine kinase 2)のノックアウトマウスを作成し、1週までは正常に育つが、2〜3週より成長障害を来たし、mtDNAが欠乏することを報告した。
最後のKeynoteレクチャーはDouglas Wallaceで、早口の米語でしゃべった。
Dr. Wallaceは、アフリカで生まれた人類が北に広がり、米国にまで広がる間に環境への適応からmtDNAが選択され、熱産性の多いH型が増えたという話、北を通ってアメリカ大陸に到着後、南に広がるうちにまた先祖返りのような変異もでているなどと紹介していた。また、アルツハイマー病でmtDNA量が減っていたり、点変異T414Gが増えているという話(2004年の論文)をし、一瞬精神疾患についてもmentionした。また、mtDNA点変異のモデルマウス(13885insによるND6の変異および6589cによるCOIの変異のマウス)の話をした。(Fan W, et al, Science. 2008 Feb 15;319(5865):958-62)。変異が50%の時に最も表現型強く、次の世代になると次第に変異が減っていくという。これは2日目のノックインマウスの話とも一致する。また、また、ANT1ノックアウトマウスの異常が、AAV-ANT1の発現によりレスキューされるという話もしていた。
質疑応答では、mtDNA多型とcommon diseaseに関係について、田中雅嗣先生に話を振ったりして議論し、話の中でPLoS GeneticsのKazuno論文についてもmentionしてくれた。
というわけで、3日間の内容を色々書きはしたものの、少々未消化である。とはいえ、今回の学会で、現在ミトコンドリア研究でどんなことがトレンドになっているかがわかったし、特に、mtDNA欠失ができるメカニズムを理解するには、mtDNA複製のメカニズムに関する最新の知見をおさえておかないといけない(Krishnan KJ, et al., Nature Genetics 2008)ことが思い知らされた。また、ミトコンドリアばかり研究している人たちと議論するには、相応の覚悟がいることを痛感した。
また、重症の表現型を呈する遺伝病のモデルマウスを使った研究ですら、研究者の間で結果が一致するとは限らない場合が散見され、ましてや精神疾患では…と感じられた。今のところ本学会では単一遺伝病の話が多いが、今後は複雑疾患の研究も増えていくだろう。
今回、本学会の参加者は450名であったとのこと。
アメリカでも、United Mitochondrial Disease Foundationという、Mitochondrial Medicine Society (MMS)、Mitochondria Research Society (MRS)、Mitochondrial Physiology Society (MIP)の合同学会があるとのことだが、こちらはEuromitより参加者は少なく、患者団体の会合も兼ねているとのこと。しかし、学術プログラムの講演者はかなり重なりが多いようで、しかも直後なので(2008年6月25〜28日インディアナポリス)、両方参加する人も多そうだ。
次回のEuromit学会は、バルセロナで2011年に行われる。
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